
背景
アンビエントイオン化(ambient ionization)は、前処理なしでアンビエント条件下(周囲環境と同じ状態、すなわち大気圧下)で試料分子をイオン化すると定義されています。このイオン化法は従来の大気圧イオン化法(例:エレクトロスプレーイオン化法、electrospray ionization: ESIや大気圧化学イオン化法、atmospheric pressure chemical ionization: APCI)と比較して、試料を溶液化や成分の抽出をせずに、試料の外形を保ったままで分析できます。この種類のイオン化法は、2000年前半に発表された脱離エレクトロスプレーイオン化法(desorption electrospray ionization: DESI)[1]とリアルタイム直接分析(direct analysis in real time: DART)[2]を契機に急速に発展しました。以来、この技術は飛躍的な進歩を遂げ、現在では数30種類以上のアンビエントイオン化法があります[3]。
弊社で開発したイオン源ChemZoもアンビエントイオン化法の一種であり、常温と大気圧下で近接コロナ放電によってプラズマを生成し、イオン化を行います。コロナ放電で生成されたプラズマの形は太陽のコロナ(太陽の表面にある高温のガス)に似ていることから、「コロナ」放電と呼ばれています(図1)。ちなみに、少し前に流行っていた新型コロナウィルスの名前の由来も一緒です。余談でした(笑)

図1(左)筆者らが作成したコロナ放電のプラズマ、(右)太陽のコロナ(実際の写真を見たい方は:[4])
本題に戻りますが、ChemZoはDARTと同じくプラズマのイオン源なので、生成されたイオンが似ているが、完全に同じではないです。両者の最も大きな違いは脱離部です。図2はChemZoとDARTの概略図を示します。DARTでは、熱したヘリウムガスを試料に当てて分析するため、脱離とイオン化がほぼ同時に行われています。これに対してChemZoでは、通常「昇温加熱」(試料に一定の速度で温度をかける脱離法)で試料分子を脱離させてから、イオン化をします。

図2(左)DARTと(右)ChemZoの概略図
本稿は、DARTとChemZoの違いに加え、DARTとChemZoに組み合わせられる試料の脱離法について詳しく紹介していきます。
脱離?イオン化?なにそれ?
「脱離」と「イオン化」は聞きなれない言葉かもしれませんので、ここで簡単にご紹介します。
「脱離」は、固体や液体試料の表面に存在する分子が何らかのエネルギー源からエネルギーを受け取って、表面から飛び出し、気相に移行するプロセスです(図3)。また、「イオン化」は分子に電荷を持たせ、イオンにすることをいいます。

図3 固体試料における脱離の概念図
質量分析計での検出の前提条件として、分子をイオン化できるかどうかです。
アンビエントイオン化では、扱っている試料形態は固体のものが多いため、固体試料中の成分(分子)をイオン化する必要があります。固体や液体では分子間の結合(例:水素結合、ファンデルワールス力、静電相互作用)が強く、固体や液体をイオン化するのに、膨大なエネルギーが必要となります。
より効率的にイオン化するためには、分子ー分子間の相互作用が最も弱い気体の分子が効果的です。そうすることで、イオン化するのに必要なエネルギーも固体と液体ほど高くなくてもイオン化できます。DARTでは、質量分析計の前に試料を置き、加熱されたヘリウムガスが大気中の水と反応し、プロトン化水クラスターを生成します。このプロトン化水クラスターは試料の表面を当てた際に、分子が脱離され、プロトン移動反応によってイオン化します。その結果、DARTで主に生成される正イオンは[M+H]+イオンです。もちろん、負イオンも生成できます。詳しいイオン化機構を見たい方は、このリンクをご参照ください!
一方でChemZoでは、脱離部とイオン化部が分かれており、試料分子の脱離を行ってから、分子をイオン化します。ChemZoでは、ヘリウムなどの高価なガスを使用しません。イオン化には、空気を使っているので、低コストでの分析が可能となります。ChemZoもDARTと同様に、正イオンと負イオンが生成されます。イオン化機構も一緒だと考えております。
あれ?じゃあ、ChemZoの脱離はどうすんの?答えは、、、弊社は3つのデバイスを開発してきました!
それは、(i)「昇温熱脱離」、(ii)「ペン型ヒーター熱脱離」および (iii)「ピンポイント瞬間熱脱離(FH)」があります。それぞれの画像は図4のようです。

図4 脱離デバイス:(a) 昇温熱脱離 (b) ペン型ヒーター熱脱離 (c) ピンポイント瞬間熱脱離
各脱離デバイスについてご紹介します。
昇温熱脱離法では、試料を任意の温度(室温から最大600℃)に設定し、指定された速度で加熱することで熱脱離を行います。一方、ペン型ヒーター熱脱離法では、固体試料の一部や少量の液体を対象に、加熱して熱脱離させます。さらに、ピンポイントFH熱脱離法では、試料の局所部分に瞬間的に高温の針を当てることで、熱脱離を実現します。これらの手法は、試料の性質や分析目的に応じて使い分けられます。
今度のポストでこの三つの脱離デバイスを用いてどんな試料を分析するか、取ったデータをどう解釈するかを紹介したいと思います!ではまた!
引用文献
- R. G. Cooks, Z. Ouyang, Z. Takats, and J. M. Wiseman, Science, 311, 1566 (2006).
- R. Cody, J. A. Laramée, and H. D. Durst, Analytical Chemistry, 77, 2297 (2005).
- C. L. Feider, A. Krieger, R. J. DeHoog, and L. S. Eberlin, Analytical Chemistry, 91, 4266 (2019).
- NASA: https://spaceplace.nasa.gov/sun-corona/en/ (2024/10/16検索).

